3年余り前、それは『ロード・オブ・ザ・リング』が公開される前の日のことだった。私はオーランド・ブルームという24歳の俳優に会うためにカンタベリーへと赴いた。行きの行程は精神的に疲れるものだった上に約束の時間に遅れてしまい、私は半ば取り乱しながら彼が母親と姉と同居している家のベルを鳴らした。しかし、家のドアを開けてくれたオーランドのとても温かな出迎えに、私のそれまでの憤慨は一気にどこかへ消えてしまった。

彼が私を迎え入れてくれた家の中では母親のソニアが洗濯に忙しく走り回っており、愛犬モードは興奮してクルクルと走り回っていた。オーランドは母にキスをすると、玄関のドアを開けて「食事にでも行こうか？」とニッコリ笑った。私たちはピザエクスプレスへと向かい、彼の人生を変えることになったニュージーランドでの18ヶ月の映画撮影について語り合った。

家に戻ると、オーランドは「このヘアスタイル見てよ！リヴの耳見て！これは僕とヴィゴがヘリコプターに乗っているとこ。これは僕とホビット君たちがサーフィンしているとこだよ！それにこれはバンジージャンプしてるとこ！」などと説明しながら、この信じられないくらい素晴らしい体験を記録した写真アルバムを見せてくれた。このうちのいくつかを私の記事の中で掲載しても良いかと尋ねると、彼はイアン・マッケランとヴィゴ・モーテンセンに電話をして写真を使っても良いかを確認してくれた。とは言っても、会話の大半は近日に控えたプレミアに何を着て行くかといった話題で持ちきりだったのだが。オーランドがポール・スミスの賛否両論について考え込んでいる間、彼自慢の陽気な母親はオーランドの公式ウェブサイトを立ち上げる予定だと話してくれた。『bloominmarvellous.com』といったところか？

何事もない数週間が過ぎた後、世界の目は“エルフのヒーロー：レゴラスを演じているあの不思議なカリスマ性を持った新人は誰なんだ？”という興味を持ち始めることになった。後に人々はプレミアや雑誌で実際の彼を目の当たりにし、長いブロンドの髪とブルーコンタクトレンズの下には若き日のジョニー･デップを髣髴とさせるダークヘアーのダークブラウンの瞳が隠れていたことを知ったのである。人気のバロメーターとしてはこの上ない対象であるティーンエージャーたちがオーランドのポスターを寝室の壁に貼り始めると、洗濯物を取りに入ってきた彼らの母親たちは彼の姿に足を止めた。湧き上がるようにインターネットのファンサイトが出現し、“14歳で初体験、ミントチョコチップアイスが大好物”などと書きたてた。そして昨年の夏、パイレーツ・オブ・カリビアンが公開されるとティーンエージャーたちの金切り声が飛び交うこととなり、ついにオーランドは大スターとなったのである。

日曜日の晴れた朝、サウス・ケンジントンにあるブレイクスホテルで会う約束をした私は、オーランドがどんなふうになっているかを早く知りたくて仕方なかった。彼は現在、モロッコで『キングダム・オブ・ヘブン』（十字軍を題材にしたリドリー・スコット監督の映画。オーランドは主役を務める。）の撮影中だが、3日間のオフをとってロンドンに帰っている。彼の時間は貴重である。ここ6年間、彼は次々に8本の映画に出演し、撮影のないときは映画のプロモーションをするという生活を送っているのだ。もうあの時のように二人でピザエクスプレスまでぶらぶら歩くなどということはできないだろう。

2億ドルの制作費が投じられたウォルフガング・ペーターゼン監督のエクストラバガンザ『トロイ』は、ホメロスの一大叙事詩が大スクリーンに表現されるだけでなくブラッド・ピットがレザースカートで登場するとあって、大々的に宣伝活動が行なわれている。オーランドはパリスという、（そう。皆さんご想像の通り−）スパルタの王妃ヘレンを奪ってしまうトロイのハンサムな王子を演じ、パリスのこの行為によって10年にわたるトロイ戦争が勃発するというストーリーだ。

撮影は昨年の夏、4ヶ月間にわたってメキシコとマルタで大規模に行なわれた。戦闘シーンでは1000人ものエキストラが雇われ、数ヶ月を費やして実際にトロイの木馬が製作された。出演はブラッド・ピット、ショーン・ビーン、エリック・バナ、ジュリー・クリスティーそしてピーター・オトゥールで、大ヒットが約束されたようなものだ。

パリスはオーランドにとって初めてのアンチヒーロー的な役であり、ピーターゼン監督によると彼は賞賛に値する落ち着きで難しい役に取り組んだという。「あまり感じの良くないパリスの側面を、彼は本当に果敢に演じてくれたと思う。ロマンスやヒーロイックな部分を演じるのと同じ情熱を込めて表現してくれた。」と監督は振り返る。ではオーランド自身はどうかというと、精神的に少々キツイ経験だったようだ。「パリスが剣を手から落として戦いから逃げ出すっていう、最高に臆病で卑怯な演技をしなくちゃならない大きなシーンがあったんだけど、あのシーンを撮影する前は何日も眠れなくってさ。考えるだけで悪夢だったよ。」少なくとも彼の恐怖は報われたようだ。噂には500万ドルの出演料を手にしたとも言われており、オーランドは一気にハリウッドの高額ギャラを稼ぐ俳優の仲間入りである。

高級で洗練されたブレイクスホテルは、最も混み合う時でさえ静かでくつろげる大人の空間だが、今日は一段とその静けさが際立っている。彼と会うことになっていたオリエンタルスイートルームは華麗に照らされた迷路のような廊下の突き当たりにあった。ドアを開けてくれた男性は、以前とはとても違っていた。私が初めて会った時モホーク刈りだったオーランドの髪は肩まで伸びて、ヒッピーのようなヘッドスカーフの下に隠れていた。前は3つか4つだったお守りのネックレスは、今やたくさんの思い出で明らかに重量感を増している。

オーランドはまるで自分の人生を胸に飾っているようだ。リストバンドとシルバーのバングルに隠された右腕のことは今更言う必要もないだろう。それに今までの役がアーチェリー、剣術、乗馬、漕艇などかなりの体力を必要としたことを考えれば驚くこともないが、彼の180センチの体格は見るからに最高のコンディションに保たれている。「うん。結構調子は良いよ。」と彼は言った。「日頃の食事には気をつけてるんだ。乳製品は全く食べてないし。あ、『The Calcium Kid（邦題：チャンピオン）』の撮影中のことがあるから、これはちょっと微妙かな。何リットルもの牛乳を飲みまくらなきゃいけない役だったから。」これについては、オーランドが牛乳配達員のボクサーという主役を演じたこの低予算のイギリス映画に携わった私の友人が、撮影が進むに連れてオーランドの体がどれくらいボクサーらしくなっていったかを教えてくれている。

熱狂を巻き起こしている以外の何者でもないオーランド・ブルームだが、誰も彼を非難できる者はいない。彼はくつろいだクールな感じの、言って見ればジョニー・デップやジャック・ニコルソンのようなスターの一人ではない。この業界にあって、もっと熱心で、生き生きした、純真な感じがする。『パイレーツ・オブ・カリビアン』のロンドンプレミアではその違いがはっきりした。デップはクールな雰囲気を漂わせ、ファンの前に姿を見せることすらなかったが、何とかサインをもらおうと集まったファンたちのために、オーランドは優に20分もの時間を使った。Tシャツへのサインやキスを求められれば拒まず、カメラのレンズを向けられればポーズをとった。

オーランドにはやんちゃな子犬のような雰囲気がある。たとえ豆乳ばかり飲まされてウンザリだったとしても、彼にとってはすべてが"すごい！"、"アメージング！"、"ファンタスティック！"なのだ。特に『トロイ』の撮影の話になると熱を上げていた。「とってもいい時間を過ごせたよ。本当に。」「チャリオット（古代ローマ時代の二輪戦車）に乗ってトロイを通り抜けるシーンがあったんだけど、そのときのことは印象的に覚えているよ。ビックリしちゃうくらいすごいセットを眺めながら、“あー、やっぱりこれが僕の生き甲斐なんだな。”って思ってたんだ。」

短期間で信じられないくらいのキャリアを積むことができたのを感謝しているのはやはり、他でもないオーランド自身だろう。「時々、なんて僕はラッキーなんだろうってクラクラきちゃうことがあるんだ。」とオーランドは言う。彼がケントで育った頃、母はオーランドと姉のサマンサに詩の朗読コンテストやアマチュア演劇に参加するように勧めてくれた。16歳になる頃には彼の心の中では俳優になりたいという決意が固まっており、ナショナル・ユース・シアターに入学することになる。

宗教と写真と美術でAの成績を獲得した後、オーランドは『Wilde（邦題：オスカーワイルド）』のレントボーイ役として映画初出演を果たし、それからギルドホール音楽演劇学校で3年間学ぶことになった。ギルドホールに入って1年目に一流エージェントICMのフィオーナ・マクローレンが付く。しかし、2年目にすべてがあと寸でのところで無になる事故が起きたのだ。友達と長いランチを済ませた後、3階の高さのルーフテラスから落ち、背骨を折ってしまう。

彼は当時を思い起こして、「恐怖だったよ。事故から何日間かは、また歩けるようになるのかさえ分からなかった。僕の母さんはプレゼントだって言って病院に子犬を持ってきてくれたけど、“何だよこれ。ありえない！”って感じだった。母さんとしては、僕には一緒にいてくれる友達が必要になると思ったんだろうね。」

医師の見込みをことごとく覆し、生死を分ける大きな手術が行なわれてから12日後にオーランドは歩いて退院した。「あれで本当に目が覚めたよ。一歩間違えば死んでしまっていたかもしれない経験だけど、その代わりに僕は成功したい、生きたい、と決心することができたんだ。」それから一年もしないうちに、怪我ばかりしているアドレナリンジャンキーは演劇学校の卒業を目前にしてレゴラス役を手にしたのである。22歳だった。

彼のルックスが21世紀のエロール・フリンとしての条件を満たしていることもあってか、この6年間のキャリアの中で、現代を舞台にした作品は『The Calcium Kid』と『Haven』だけである。『ロード・オブ・ザ・リング』の後いくつかのアクション映画に出演したが、ジーンズで登場することはなかった。『Ned Kelly（邦題：ケリー・ザ・ギャング』ではケリーの仲間で髭を生やした腕の立つガンマンを演じ、『パイレーツ・オブ・カリビアン』では『ロード〜』で彼を訓練し、実際のエロール・フリンを教えた事もある剣術指導のベテラン、ボブ・アンダーソンに師事した。

「子供の頃、いつもヒーローに憧れていた。」とオーランドは言う。「スーパーマンとかギャング、インディアンが実は衣装を着た生身の人間なんだと知ったとき、僕は役者になりたいと思ったんだ。」

ブルームにはかなり古風なところがある。彼はEメールを送ったことがないばかりか、インターネットすらしない。紙と鉛筆を使うのだ。また恋愛に対してもかなり奥ゆかしい態度をとっている。 「僕ってどうしようもないくらいロマンティックで、彼女をもてなすのが大好きなんだ。」と言ってはいるが、ケイト・ボスワースとの18ヶ月の交際については言及を避けている。「It's Cool, it's cool.」が彼の感触を表す言葉のようだ。

もし2人が異なる国に住んでいて、映画の撮影のために続けざまに世界中を飛び回っているとしたら、普通の生活を維持するのはとても難しいことだ。恋愛生活については言うまでもない。「確かにキツイよ。」ちょっとわびしそうに彼は認める。「仕事は好きだよ。だって僕の天職だから。でもどうしても付随して起こる問題があるんだよね。なんとかうまくやっていけるように頑張っているんだけど・・・。現実離れした状況だから。いやほんとに。」

オーランドが何とも変な感覚を覚えることの1つは、今まで一度も会ったことのない女の子たちから崇拝されることだそうだ。私が初めて会った頃の彼は、『ロード・オブ・ザ・リング』のプレミアを前にして密かな興奮をたたえていた。今、年を重ねて少し状況が分かってきた彼は、以前にも増して慎重である。「実を言うとね、こういう状態は結構息が詰まるんだ。」私が昨年のLeiceste Square（『パイレーツ・オブ・カリビアン』のプレミアが行なわれた）の時のことを話題にすると、彼は語った。

「あんなふうに熱狂して狂乱の渦に巻き込まれている人たちを見ていると、何故だか変に落ち着いちゃうんだ。叫んでいる人たちを見ては、ぼんやりしてしまう。みんなが興奮するような人間じゃないのが本当の僕自身だから。僕はみんなが僕だと思ってくれているのとは全然違うんだ。みんなが好感を持ってくれているのは僕が演じているキャラクターなんだよ。」

じゃあ、本当のあなたは誰？

「僕はただの若造だよ。普通にその・・・やってるだけの・・・。時々崖の上から飛び降りるみたいな恐怖感を感じずにはいられないこともあるけど。インターネット上でのこととか、母さんが家へ送ってもらうようにしてる袋いっぱいのファンレターとか・・・ちょっとクレイジーだね。この前、僕の友達がこの状況をうまく説明してくれようとしてたよ。彼の言うには、10代の女の子っていうものは憧れる相手を見つけようとするものなんだから、俳優であろうと人気バンドのメンバーであろうと構わないんだって。別にそれで納得できたわけじゃないけど。」

『トロイ』の撮影中、名声の思わぬ落とし穴を経験することになり、もちろん、それをどうこなしていくかも直に学んだ。「マルタにいたとき、ある晩みんなで食事に出かけたんだ。僕がブラッド（=ピット）と彼のボディーガードと一緒にレストランを出たら、彼の周りに人が群がっちゃって。あれは狂気だったよ。何百人ものファンが彼のところへ殺到してきたんだ。“大丈夫なんですか？”と僕が訊いたらブラッドは“下を向いて歩き続けるんだ。歩き続けていれば大丈夫さ。”彼はもみくちゃにされることが好きなわけじゃないけど、とっても賢い態度をとっていると思う。彼は別の機会にこんなことも言っていたよ。“絶対にファンをけなしたりしてはいけない。彼らがいてこそ僕たちが食べていけるんだから。彼らは、君が出演しているから映画を見に来てくれる人たちなんだ。”って。」

では、ジョニー・デップのアドバイスは？

「彼はただ、“演技するのは心臓手術とは違う。一生懸命自分の仕事をして、真に迫ったものにすればいいのさ。”って。」

このことを思い出したとき、オーランドは嬉しそうに笑った。仕事についての話をするとき、彼は感情的な言葉遣いをよくする。リドリー・スコット監督に対しては“僕の父親代わり”とまで言う。結局、彼にとっての父親像には何かが欠如した感覚があるのだろう。彼が4歳の頃、南アフリカ人の父は64歳でこの世を去った。著名な大学教授でありネルソン・マンデラの友人でもあったハリー・ブルームは反アパルトヘイトの思想により1度投獄されたこともある。

「父は僕の理想像だったんだ。」とオーランドは子供の頃について語っている。その後、彼が13歳のとき母からハリー・ブルームは実の父ではないと告げられた。彼の真の父はコリン・ストーン氏という。家族ぐるみで付き合いがあり、ハリーの死後には後見人となってくれた人物だった。この点について彼は「二人の父さんがいるなんてとても幸せ。」と語ることが多い。

様々な意味で、オーランドは仕事の上でも人生の上でも重要な時期にあるようだ。大作でイイ男の役を演じ、この業界で成功のうちに地位を確立したように見えるが、彼はもっと先を狙っているらしい。「大きな作品ばかりをやるつもりはない。」「もっと現実的なものもやりたいと思う。」と言う。もうあと１作か２作続くであろうパイレーツシリーズに出ることを飛び上がって喜んでいるようには見えないのも無理はない。

「転がるものの上に乗っているのって難しいね。知らないうちにスピードアップしてしまっていると、ブレーキをかけるのも大変だから。」しかし、大作に出るとなれば必然的に良い演技を求められる。トロイでの演技については「うまくいっているといいけど。本当に。」と語った。

彼と別れるとき、私は彼に“今幸せか？”と尋ねた。「幸せであることは僕の最大のゴールなんだよ。」足を引き寄せ窓の外を眺めた。「でも、27歳で幸せになれるものなのかな？あなたくらいで、やっと分かってきたくらいじゃないですか？幸福は僕が努力して目指しているものだし、今正しい道にいると思ってる。僕はこのチャンスを得られて光栄だけど、幸福は僕の大きな目標なんだ。仕事をしていて幸せを感じられたら、人を愛して幸せを感じられたら、本当に努力が報われたってことだね。でももし今の自分に幸せを感じられなかったら、まだそこに到達していないってことなんだと思う。」

『トロイ』は5月21日に公開される。